2017・07
<< 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13/14/15/16/17/18/19/20/21/22/23/24/25/26/27/28/29/30/31/ >>
--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--:-- |スポンサー広告 | 【PAGE TOP】↑


2007/12/17 (Mon) 土に返る者、空へ還る者

こんばんわ。 上杉政虎は職場でいきなり 「今日だけ時の人」 となっていました。そこで思った。 普通に楽しくTV観てる人は、演出とか脚本とか細かい事は全く気にしてないって事。 んでもって一番彼らに伝わるのは役者の気合なのです。 あと褒められてたのは、勘助は当たり前だけど、信繁! 彼が非常に一般視聴者に訴えかけるものがあったようです。 それは解るな。 前回の信玄とのシーンの演技と最終回の回想シーンが混じるとそりゃ泣けるでしょう。

そんなワケで、昨日のNHKの破壊工作員達の大技は無視する事に。 と言うのも、売れればディレクターのお陰、売れなきゃ自分のせいなミュージシャンの世界と同じで、役者さん達は、スタッフに恵まれなくても文句も言わずに現に演じているわけですよ。 何故それが出来るのかと言うと、彼らも又思っているに違いない 「きっと誰かが観ていてくれる!」 そう思って日々精進しているのでしょう。 目指すものを目指して。 最終回の皆さんの演技はそう感じさせてくれるに充分だったし、視聴者もそれに応えようと思わせてくれました。


さてそこで、以前から楽しみだった 「最後に一番印象に残るのは何だろう?」です。 これは予言者が居ましたぞ! そうそう!松山くんが この記事のコメント で書いてくれてたシーンでした!  そのシーンがあるかどうかも定かではなかったのに。 (NHKは別のシーンを非常にムカつく形でネタばらししてましたが、それは使われなかったようです/なんだか気持ちがいい)

そのシーンは昨日も書いた、斬られても撃たれても尚、政虎目指して向かって来ようとする勘助を、遠く馬上から見つめる政虎。 あのシーンが一番印象的でした。 もう一つ謎解きのように思っていた 「政虎の肩に付けた白い薄布」が何に見えるか? まだ答えが出たワケではないけど、第一印象だけで言うと、この2つは繋がると思います。

あの時勘助は初めて景虎(政虎)に殺意を抱いていました。 お屋方様の為、天下を取るためにはこの男の首を取らねばならない。 勘助はそれが可能だ!未だ自分は生きている!と力強く前に進もうとします。 でも遠くに陽炎のように揺らぐ政虎の姿は、もはや大地に今この時も根を張り、生きようとする勘助をよそに、空高く舞い上がらんとするかのようでした。 明らかにこの世のものではなく、天界に還って行く空の住人、つまり彼は守護として覚悟する事で、信玄に一人で斬り付けた事で、本当の軍神になった瞬間だったように思います。

じっと勘助を見つめる目に同情はありませんでした。 その時ふと脳裏をよぎったのは春日山城での二人です。 一度は自分に仕官しないかと誘い、晴信に傾倒するその愚かさを、目を潤ませて正そうとするも、勘助の晴信への厚い信頼と堅い誓いは揺るぎませんでした。 あの時と同だ…もし、もしも勘助が、あの白い薄布に手を伸ばしたら、政虎は迷う事なく勘助を自分の空へ連れて行ったと思うのです。 でもやはり今回も勘助は決して信玄を裏切りませんでした。 未練を残す事なく身を翻し、馬を操り去って行く先はまるで天空のよう。 心はそれを追いかける勘助にとって、政虎はもう手の届かない存在になってしまっていました。

それでも勘助は信玄への忠誠を最後まで守り通し、孫子の幟がはためくのを見、真田の軍が帰還するのを見て、勝利を確信します。 あの薄布に手を伸ばす運命は最初から勘助には無かったのだと思います。 ずっとすれ違った 「軍師と軍神」。 この言葉が成立したのは、昨日の最終回が初めてだったと思います。

善光寺で勘助の死を確認する政虎は顔色一つ変えません。 彼の世を儚む言葉だけが勘助への想いに聞こえました。

あの灼熱の夏に撮影されたシーンとは思えない、涼やかで異様な空間にのみ存在する政虎と、大地に根ざした精気の塊の勘助は、最後まで対照的で美しかった。 勘助はその人間を象徴する様に、笑ったまま土になる。 そのずっと先、謙信となった政虎が最後を迎えた時、きっと元居た空へ還って行ったことでしょう。

「風林火山」の中で、この対照的で魅力的な二人を時にクローズアップしながらも、結局は描く主旨からははずれた題材であった事は明らかでした。 が、それでも印象に残るのは、彼らが最初から最後までずっと、対極にある戦国の美学を貫いた勘助と景虎であり続けたからだと思います。 

又観返したら、どう思うのかな~? 当分ああだこうだと楽しめるかもしれません。

22:01 |風 林 火 山 | trackback(0) | comment(12) | 【PAGE TOP】↑


<<まだ終わってないし | TOP | 「風林火山・50」 手の届かない聖域を求めて>>

comment











管理人のみ閲覧OK


No title 

よれよれの松山です。
風林火山などどこかに飛んでいってしまったわい(怒)仕事が詰まって感動できない(しくしく)

あ~~~やっぱりあの白い手巾帯(スカーフ?)は毘沙門天の天衣だったんだよ。えーと羽衣のようなもんか?
最終回は主役・内野勘助の独壇場でしたね。よかったすよ~ 
ただ・・・演出が・・・それだけは可哀想だった。
でも勘助が亡くなっても泣かなかったの。ノベ読んだ時は泣いたんです。昨日の内野勘助を見て、
まだまだ生きられたかもしれない、でも残りの命の灯火をここで一挙に燃やしたんだなって感じたからだと思う。もう思い残すことはなかったんじゃないかっていう最後だった。
政虎と勘助は、高野山で言われたように天と地だったんだよね。あのときと違う意味で。
政虎はなんで見ていたんだろう?それは勘助のことが気になっていたんだと思う。自分とは全然違う、そしてまた近しい心も持っている勘助が気になっていたのかも。政虎にとってはずーっと道安のままだったんだよね。

2007/12/17 22:52 | 松山 [ 編集 ]


No title 

えへ 書き忘れた

道安だけは政虎に心の内を全て見せてぶつかってきた人物だった。もちろん敵なんだから策などの手の内は見せないけれど。
原作の勘助は違うけれど、ドラマの勘助はやたら正直者だった。そして自分の心のままに生きていた。そういうところも政虎は好きだったんじゃないかと思う。
勘助にとって政虎は夢であり天に近かったのではないかな。政虎を倒せば信玄が天下を取れると思うところなど。
でも一番は深く清廉な心をもっているところに憧れがあったのかも。そういうところってなんだかミツや由布姫にも似ているような気が松山はするのだ。

2007/12/17 23:30 | 松山 [ 編集 ]


No title 

あ!松山くんがヨレヨレだ!

お疲れ様ですm(__)m アタシも今日は 「おーい「Rue」ちゃん!ガクトやるなー!」と言いながらファイルを放るオヤジ達と格闘してまいりましたがな。 12月ってLove Song どころじゃないよね~! 週末にでも感動し直して頂戴!

>やっぱりあの白い手巾帯(スカーフ?)は毘沙門天の天衣だったんだよ。
■ やっぱ松山くんの予想はこっちも当たりだったんだ!スゲ~! 確かにそこまで拘る男だよね(笑)

>でも勘助が亡くなっても泣かなかったの
■ 私も! なんかね、清々しささえ感じたよ。人間あそこまで生きたらいっそ気持ちがいいと思った。 私もようやくノベ読もうっと! 多分ね、もう一回づつ先週から続けて見たら泣くトコいっぱいあるかも? 勘助は立派だったさ!内野氏最高だったさ!

>政虎と勘助は、高野山で言われたように天と地だったんだよね。あのときと違う意味で。
■ そのニュアンス解る! 私もそうだと思う。 それがね、気持ちよく世を去った勘助に対する感情と対照的に、この二人の人間関係って凄く微妙で哀しささえ感じるんだよね。不器用だったんだよ。二人共。

>自分とは全然違う、そしてまた近しい心も持っている勘助が気になっていたのかも。政虎にとってはずーっと道安のままだったんだよね。
■ この異質にして一つだけ同じ要素があるってのがこの二人の引っかかりだったのかもね?うんうん。だからあのクランク・アップの時の「道安!」は涙出そうになったんだ。今見たら泣くよ。
週末たっぷりのめり込んでおくれ! 忙しいのにありがとv (ハ~ト)

2007/12/17 23:48 | 「Rue」@家主 [ 編集 ]


No title 

あ!又同時に書いてる(笑)
そ~なんだよね!自分に無いものを持ってる相手に憧れるんだけど、不器用だからそれを否定しちゃうんだよ。
OPの「空」が政虎のポジションだったのはそこまで意味深ではなかろうが(天駆ける龍なんだろう)深読みには恰好の材料だよね。 
あの女性陣にも似てた。特に由布姫。だからヒロイン交代にさせたかったんだけど(爆) 脚本的にはあの二人は亀さんの穴埋めだったんだな。 もったいない。 リアルなライヴな生き様だったけど、そこに絡む人間関係を、特に信玄を筆頭に、男同士の人間関係を書くのヘタだったねー。もったいない!「愛した!」のは男女敵味方関係ないだろって思うんだけど。 慈愛攻撃した人間はもっと広い意味の「愛」を描いて欲しかったな。

2007/12/17 23:57 | 「Rue」@家主 [ 編集 ]


No title 

>斬られても撃たれても尚、政虎目指して向かって来ようとする勘助を、遠く馬上から見つめる政虎。 あのシーンが一番印象的でした。
 私もそうです。本当のことを言いますと、最終回のとき、政虎に対して寂しく思ったので、大地が空と接する地平線で政虎が勘助を振り向いてくれて嬉しかったんです。
「龍の化身」で政虎が鎧を着た後姿の写真が何枚かあります。私はこの写真が好きです。この恰好のときは、髪を硬めに縛って首筋が奇麗に出て後姿がすっきりして見えます(ゆるく結んだ姿も良いですが、紫の鎧姿だと、鎧の装飾と髪の色彩が混じって見えるので、青い鎧姿の方が好みです)
でも最終回では、政虎の後姿で寂しくなりました。駆けていく政虎を見ているとき、半分以上勘助になったような気持ちになっていたんだと思います。
勘助を振り返りもせず、長刀を持ってまっすぐに馬を走らせて行く姿は、置いて行かれる、と言う感じがして。今までどこか同じ場所に立っている気がしていたのに、いつのまにか相手は更に高みへと駆け去っていき、もうどんなに走っても走っても、手が届かない。そんな哀切さを感じてました。勘助が目の前を走り去った政虎を追いかけたのは、勿論信玄のため政虎の首を取る、為ですが、政虎を捕らえて再び同じ場所に立ちたい、そういう切望を私は感じました。
だから、ほんの数瞬でも、政虎が待つように勘助を見たシーンが何だか報われたようで嬉しかったのです。

>そういうところってなんだかミツや由布姫にも似ているような気が松山はするのだ。
 実は松山さんの書き込み楽しみに待ってました♪やっぱり松山さんも似ていると思われてたのですね。私もそう思ってました。Rueさんもそう書かれてましたし、嬉しいです♪最後はミツの言葉で終わりましたし。
そしてしみじみと、やっぱりなんだかんだ言っても「風林火山」は勘助のサクセスストーリーでもあったんだな、と思いました。最初の頃の勘助は体のせいで親に家から出され、養子先でも実子が出来たので手柄を奪われて追い出され、士官先は求めても得られず、どこにも居場所がありませんでした。でも最期、葛笠村での仲間が体と首を運んでくれ、甲斐の御屋形さまと重臣達が勘助のために勝鬨を上げてくれ、宿敵に認められ、大切に思い思われる女性たちに会えました。最期に討たれても立派なサクセスストーリーだったと思います。

 それではまた寄らせていただきます。

2007/12/18 09:49 | 漣 [ 編集 ]


No title 

漣さん こんばんわ♪

あのシーンは幻想的で綺麗なんだけど、物悲しいシーンでしたよね。 政虎の孤独な人生そのもののようなシーンでもありました。

>でも最終回では、政虎の後姿で寂しくなりました。駆けていく政虎を見ているとき、半分以上勘助になったような気持ちになっていたんだと思います。
■ 漣さんは勘助の気持ちになって観れたんですね!いいな~! 私はどうしても映画もドラマも客観的にしか観られない性質なので、もし勘助に入れていたら涙が洪水だったと思います。 勘助には確かに視聴者自身でもあった部分が存在すると思います。 皆が彼に励まされ、共感し、ある時は嫌いになったり、がっかりしたり、これこそ愛すべき全てを晒した人間勘助でしたよね。 

>勘助が目の前を走り去った政虎を追いかけたのは、勿論信玄のため政虎の首を取る、為ですが、政虎を捕らえて再び同じ場所に立ちたい、そういう切望を私は感じました
■ どうやらあの二人は信玄という人間を通してお互いを見ていたようですね。 いつも相手の優れた部分を心中で認めながらも、その激情をお互い、信玄という存在に摩り替えていた部分があったようにも見えました。 

>ほんの数瞬でも、政虎が待つように勘助を見たシーンが何だか報われたようで嬉しかったのです。
■ 以前も川中島で景虎は川の畔まで馬を走らせ、信玄に皮肉な別れを告げに出て来ましたよね。 今回、あのまま走り去る事も出来たのに、止まる必要等なかったのに、やはり彼は今度こそ最後の別れを告げる為に、ずっと見つめていたんじゃないでしょうか? 政虎らしい、越後での彼、高野山での彼そのままの、不器用で無垢な人間の精一杯の感情表現が痛々しいくらいでした(泣)

>実は松山さんの書き込み楽しみに待ってました♪
■ 松山くんの感想は私も楽しみです!お忙しいみたいだから、週末にでもお暇が出来たら、教えて貰いましょう♪
 「うら勘助は怖くねえだ」 勘助を異質な目で見なかったミツの言葉が最後を飾りましたが、やはり景虎も「剃髪もせず、法衣も乱れ」と、僧としての心構えを詰りはしましたが、勘助自身を特異な目では見ませんでしたよね。 勘助はこういった自分を見た目で差別しない、自分の中身や能力に興味を持ってくれる人間には弱かったようですね。
う~~ん!製作者側は全くどーでもよかっただろうこの二人の話は尽きないですね~~♪

2007/12/18 22:32 | 「Rue」@家主 [ 編集 ]


「それは信玄様のおフランス出張からはじまった」 

松山くんの感想を求められてもにゃぁ~
たいしたこと書かないし、誰が読むんじゃ~
頭の中も現在は外国の数字マカロニがざわざわしている状態なのにゃ。

あー。で、この有名な「風林火山」(王道ですねby若泉P)がなぜこんなに前代未聞のカオス状態になったかというと・・信玄様の出張だと思う。
歌舞伎のフランス公演があって、亀治郎さんも出演されるので渡仏したんですわ。歌舞伎公演というのは急に決まるわけないし、下準備は何年か前からあったのだと思う。それを大河の撮影中に避けられなかった。撮影期間がないのにますます時間がなくなった。で、考えたのは勘助VS景虎。大森さんが書いちゃったんだな~「越後潜入」ここから物語がもっとカオスになってきた。
これがなかったら大森さんはもっとオーソドックスな風林火山にしていたんじゃないだろうか。
昔からの大河が好きな人は、信虎追放まで面白くて、景虎が出てきたらつまらなくなったと非難する人が多い(Gacktのせいにするのさ。書いたのは大森だぞ)でも、それはいつもの大河になれてしまった固定観念の持ち主さと松山は思う。
それは晴信も勘助も自分の廻りだけ見てればいい時期で、井の中の蛙状態なんだよね。見ている人もそれで安心してしまうわけ。想像ができるから。
ところが世界が広がってしまった、敵も多い、どんどんドラマは予想出来ない方向に加速してしまう。
もうついていけない。不安(コワイとかじゃなくて)それで駄作だとなってしまうんじゃないかな。もちろん最後にきて演出陣の息切れがひどくて駄作にされてしまいそうになり、なんとか出演者の力量で支えていたけれどね。
それでカオス状態になった原因は、勘助の心の揺らぎを大森さんが中心に持ってきたからだと思う。
原作みたいに最後の最後まで「しめさば~」オンリーな勘助にならなくなったんだよ。そして原作では孤独だった勘助は、ドラマではみんなに愛される勘助になっていた。勘助はみんなの気持ちをわかるようになってしまったんだよね。慈愛を持つというのかな。
ノベでは書いてあって、ドラマでは見事にカットしてあった場面(これカットしちゃいかんと思ったよ)
大井夫人が勘助に、晴信のことを頼みますという件ですね。国がなければ戦も起きないと大井夫人が言うと、勘助はそんな世などありえないと言う。
すると大井夫人は、それなら何のために御仏はいるのか?御仏は本当はいないのか?と言いながら、不動明王を見上げる。それを追うように勘助も見る。そのときに記憶の中から悟りの声がよみがえる「人を救えるのは神仏のみじゃ」
その言葉は勘助の心に棘をさしていたのだと思う。だからそれからもいろいろ画策しても、宇佐美や雪斎みたいに本当の軍師として冷酷さが出せなかったんじゃないだろうか?そしてそれをはっきりと言い、諭したのはあのときの景虎だったからこそ勘助は執着したんじゃないのかな(うまく表現できないけれど)それを大森さんは書いてしまった。
と、同時に王道の風林火山も書いている。そりゃカオスですよ。主人公を揺さぶりまくっていますから。信玄と政虎は一騎打ちのときに初めてお互いを認め合うわけだけれど、その一瞬に互いの力量と相容れないものを見たんじゃないかな。
政虎は二度会っても道安の命を奪わなかったけれど、三度目は主君の信玄の代わりに死んでいく道安を虚しいと思って見ていたのか?まだ見直していないので、うまくまとまらないけれど・・・

2007/12/19 21:36 | 松山 [ 編集 ]


No title 

松山くん 力作ありがとう♪

>歌舞伎のフランス公演。→ 考えたのは勘助VS景虎。→ これがなかったら大森さんはもっとオーソドックスな風林火山にしていたんじゃないだろうか。
■ そうゆう裏事情があったんだ!でもさ、そんなスケジュールの人をどうしてキャスティングする必要あったんだろね? そこまでして必要な人物かあ? 元々ここが謎なんだよね。
大森氏の脚本はかなり前に上がってたらしいし、内野氏の撮り初日に彼の個性を活かそうって若林氏は決めたって書いてあったけど、この辺の計算外の部分が吉と転じてくれなかったのかもね?
元々井上靖氏生誕100年記念か何かだったでしょ?だから原作に忠実だと思ってた人多かったんじゃないかな? 過去の作品とやたら比べたがる人が多いし。

>昔からの大河が好きな人は、信虎追放まで面白くて、景虎が出てきたらつまらなくなったと非難する人が多い
■ そーなんだ!これも謎。そもそも昔からって何時からよ?って問題で、前どっかの掲示板で読んだんだけどさ、自分の言い分を通す為に「親もこう言ってました」ってのが多かったんだよね。自分で判断すれって! なんで大河だけ親の意見が正しいと思うのよ? 大河も作り手がもう若いんだから。 ここ何年かのアイドルと若手主流で、脚本家も今風の人使ってたのがOKで今回の後半がダメなのって意味わかんないわ。

>Gacktのせいにするのさ。書いたのは大森だぞ
■ そりゃないよねぇ。怒りの矛先は製作側にしてくれ!しかも面白かったし。 由布姫もあそこまでケナされる必要ないと思うよ。 あんな難役を新人にやらせたんだから。 これも製作側の問題さ。
あ、テレ朝の由布姫に比べたらよくやったよ。

>それはいつもの大河になれてしまった固定観念の持ち主さと松山は思う。
■ この固定観念がどの辺りの大河の事なのか分んない。新しい人種の固定観念だと思うけど。 そこまで大河の美学に拘る人種って年末には「忠臣蔵」観なきゃ終わらない人達だと思うけど普通は。(オマエはおふくと同い年か?!)

>カオス状態になった原因は、勘助の心の揺らぎを大森さんが中心に持ってきたからだと思う。
■ これは言えてるよねー!大森氏にしたら、揺らぐから人間だ!生きた愛したに繋がる!って思ったんだろうけど、矛盾が出すぎたと思うな。

>そして原作では孤独だった勘助は、ドラマではみんなに愛される勘助になっていた。
■ これが大森脚本の失敗だと思う!両方混ぜたのがカオスの原因なんじゃないでしょか? 原作暗いでしょ?あの感じが最初から無かったから、別物だと思ってたら、途中から混ぜるし。

>そのときに記憶の中から悟りの声がよみがえる「人を救えるのは神仏のみじゃ」
■ えーー!?と思って今読んだ!これカットしてどーすんのよね?! あの台詞観てる側にも印象的だったもん。「人は人を救えぬ」から続く台詞。 ある意味ホントだと思うからドキっとしたのよ。 勘助の中にあの台詞が残ってないハズないのに。 視聴者すらドキっとする台詞の影響を途中放棄になっちゃたんだね。 もう一つ、「高野山」でカットされた「久し振りにそちと酒でも飲みたいの。 いや自分の欲を認めたまでじゃ」もカットされたでしょ?お互いがお互いに影響された、その答えの部分が両方カットされたんだよね。 この辺りがメインに来たら勘助と景虎の話になっちゃうから必死に王道に戻した感があるよね。そりゃムチャだ。

>信玄と政虎は一騎打ちのときに初めてお互いを認め合うわけだけれど、その一瞬に互いの力量と相容れないものを見たんじゃないかな。
■ 景虎が前々から拘ってた晴信に対して、晴信は今川や北条、村上、等など他に意識が向いてた描き方も変だった。 まぁ一機打ちもそれを反映させてか?政虎がムキになってて、信玄は嘘みたく落ち着いてたし。 あの時初めて信玄が本気になったのかな?と思う程度の関係しかあの二人には見えなかったのが正直なとこ。 前にも色々台詞だけは信玄にも家臣にもあったけど、危機感が感じられなかったよ。武田自体に。 勘助が一身に背負ってたから。

>三度目は主君の信玄の代わりに死んでいく道安を虚しいと思って見ていたのか?まだ見直していないので、うまくまとまらないけれど・・・
■ これね、善光寺でグっと来ますぜ! 何度も観るとやっと分る部分も出て来ると思うから、まだまだ続くよ風林火山!

でも松山くんの分析で、勘助と景虎の関係が際立って見える理由が分るし、それを感じるのが変じゃないのも分った!ありがと♪ 勘助と景虎の戦いと心の交流が、メインの「風林火山」の裏に隠されてたんなら、こんなお素敵な話は無いから、嘘でもそーゆー事にすればいいのにNHK!

2007/12/20 23:36 | 「Rue」@家主 [ 編集 ]


No title 

>信玄様の出張
 最終回、地平線で政虎が勘助を見詰めて、去るシーンが大好きです。あれは政虎と勘助の繋がりが描かれたからこそ感動的に見えたのだと思います。
亀治郎さんのフランス公演が無ければ越後編が無かったかもしれないんですね。
そして前Rueさんがかかれてた通り、Gackt景虎の演技が良くなって行ったのは彼の演技を受ける、緒形宇佐美、内野勘助あってのことだと私も思います。でも、ひょっとしたら宇佐美を違う方が演じられてたかもしれません。そう思うと、あの地平線で政虎が勘助を見詰めるシーンが描かれたのは結構に絶妙な成り行きがあったのですね。勿論、越後編が無かった場合、宇佐美が緒形さんではなかった場合の景虎政虎もあったろうと思います。そしてGacktさんが全力投球されたと思います。でも断言しますが、私は今の景虎政虎が一番好きです。ですから、42話みたいにもっと面白くなったろうに、と言いたくなることはあっても、この景虎政虎を見ることが出来て本当に良かった、と思いました。
>「人を救えるのは神仏のみじゃ」
 松山さんが書いた意味とは違うかと思うのですが、私はずっと由布姫と景虎の信条が気になってました。二人とも戦国の世にそぐわない考え方をしているからです。
由布姫は自害を拒み、晴信が別の側室を娶るのを良しとしませんでした。景虎はどんな手を使っても領国や自身の財産や権力を強くすることを否定しました。
「風林火山」に出てくる人物は多かれ少なかれ、戦国時代の優等生みたいなものです。あの時代の価値観を良しとして生きています。でもこの二人だけは、最初からこの価値観は違うと否を返していると思います。だからこの二人は孤高なのですが、それでもその信念を変えることなく生きていってます。
そしてそんな二人に戦国乱世の申し子のような勘助が特別な絆を持っているのが何だか意味深に思えるのです。(単なる考えすぎかもしれません。この二人の孤独でも己を曲げない強さと気高さが勘助の好みだというだけかもしれませんし)
 それではまたよらせていただきます。

2007/12/23 04:12 | 漣 [ 編集 ]


No title 

漣さん こんばんわ♪
 
「風林火山」は続くよどこまでも!
>あれは政虎と勘助の繋がりが描かれたからこそ感動的に見えたのだと思います。
■ 正に!正に!亀さんの出張と視聴者のおば様達からのリクエストによる奇跡なのかもしれませんが、彼らの実に微妙な関係が無かったらあのシーンはあそこまで感動的じゃなかったですよね!
>でも断言しますが、私は今の景虎政虎が一番好きです。
■ 断言して下さい!それは正しい~!脚本家の意図からはハズれるという冷静な眼線を持ちつつ、彼らの存在は「風林火山」の一番の魅力だったと思います。 

>単なる考えすぎかもしれません。この二人の孤独でも己を曲げない強さと気高さが勘助の好みだというだけかもしれませんし
■ これは人によって解釈が違うと思われる一番大切な部分だと思います。 実際、脚本は最後にミツの言葉を持って来ました。 あれで大感動した視聴者が多い事も事実です。 前々から脚本はミツを大事に扱っていますよね。 
それに対して、内野氏のインタビューでは、由布姫への気持ちのみが語られ、特に最終回での姫の存在は実際に感じられたと言わしめる程です。 ミツの話が振られてやっと、そう言えばまずミツが最初に居て~のようなお話が展開されていました。 ここでもう製作者と演者の間に解釈の微妙な違いが出ていると思って読んでました。
彼ら両方の話に出て来ないのが政虎です。彼はあくまで、強敵上杉の象徴としての存在であって、心情までもは語られていないのが実際のところです。
あの2人のファンとしては結構心外な方も多いでしょうけど、私の場合、あの2人の関係で強調したいのは、「実に微妙」という部分です。 これが「ベタ」では許されなかったワケです。妙に心が通じあったように映ったり、相手を惜しむ心がモロに出たら美しくはならいはずです。 
馬上の政虎がああもストイックで孤高に見えたのは、お互いが心を押し殺し、敵としてしか感じられていなかった「不器用さ」があったからこそで、それが「実に微妙」を演出していたように思います。

こんな風にあって欲しい、本当はこんな裏がと思いたいところではありますが、それこそここはストイックに見送った政虎が秀逸だったと思います。 魅せどころとは言え、勘助の最後も延々長すぎたし。 嘘みたいに振って湧いた鉄砲弾も、最初、あ!あれは越後で景虎に見逃して貰ったものだと思って一瞬ドキドキしましたが、もし、一発ならそうだったでしょう。 でもあれってかなりの数ですよね。 そこでガッカリしました。 予測の域を出ないし、多分そこまで脚本は考えてないと思いますが、あれは戦を一機に鉄砲戦に持って行き、後に武田が敗れた信長の象徴かもしれません。 考えてみれば政虎は勘助に引導など渡さないでしょう。 政虎は謙信になる人間、後に信玄の死去を知って、武田を攻めようと言う家臣に「勝頼ごとき攻めるに足りぬ」とそれを止めた人物です。 勘助の四郎様を滅ぼそうとしなかったし、ご存知の通り信玄は勝頼に、「謙信を頼れ」と遺言しています。北条氏康も又同じ遺言をしています。 結局、戦国の世の常識通りに生きた武将も可愛い我が子を託したのは、皮肉にも当時有り得ない思想の持ち主であった謙信だったんですよね。 それを考えると、由布姫や景虎の信条は、あの時代には異端であっても、必要な思想であり、人物だったんだと思います。 勘助は他の武将より早い時点で、自覚はなくとも、実はそれに気が付いていたのかもしれません。
 
中々こちらの思うようには物語りは成り立っていませんでしたが、 漣さんのおっしゃる様に、素直に観ていても、由布姫と景虎は共通点があり、姫亡き後、人界ではない高野山で2人が再会して共鳴するのは、最初ひょっとして姫の計らいか?とまで思ったんですが(笑) それも無く。 ちょっと勿体無いとは思いますが、戦乱の世に素直にまみれる勘助と、普遍的な道徳感を持って生まれた姫と景虎は、お互いが魅力的だった事は確かでしょう。 
姫は必要以上に描かれた事でアンチを増やし、政虎は納得行くまで描かれなかった事で得をしている部分もあると思います。 もっともっとと思う辺りで消えて行く登場人物程心に引っかかるものです。 振り返りもせず取って返す後ろ姿が、何よりも彼らしいと思いました。 手を伸ばす勘助も又恥も外聞も無い勘助らしい粗野な彼らしかったです。

漣さんがおっしゃる通り、42話(これで通じるとこが怖い/笑) の残念な部分等など、悔やまれる事は確かに多いです。 でも
>この景虎政虎を見ることが出来て本当に良かった、と思いました。
正に私もそう思いました。 彼らは必要以上でないからこそ気になる存在、関係であって、それが実に彼ららしく、美しい最後だったと思います。

「風林火山」 の話題は尽きませんね!まだまだやりますよ~~(笑)

2007/12/24 00:48 | 「Rue」@家主 [ 編集 ]


No title 

魔堕魔堕都図苦(どこぞのヤンキーか 夜露死苦)
松山も傘下だぜい。
大森さんは勘助の周りの出来事を、ライブで届けるみたいなことインタで言っていたけれど。
かごめ♪か?勘助が鬼で周りをぐるーっと。なんだかそういう想像しちゃったよ。
大森さんは王道の大河を書こうと努力していたが、越後側と景虎を出したころから道がはずれてしまったんじゃないかな。思いがけずもうひとつのドラマが生まれてしまったのかな。最後は、もんじゃ焼きみたいになったけど(笑)

しかし・・・こんなに記事より長いコメがあるのは自慢できるんじゃない(笑)見たことないよ~
て、松山のせいでしょうか そこんとこ夜露死苦

2007/12/24 01:31 | 松山 [ 編集 ]


No title 

夜露死苦(今でも居るのかこんな人?)松山くん♪

一生「風林火山」を語ってそうで怖いけど(笑)私が更新してないダケなんだよね(爆) 今ね、気になる事が出て来て調べてるんだけど、資料が無いのさ~。

>越後側と景虎を出したころから道がはずれてしまったんじゃないかな。
■ ふふふっ。こーゆうの好きv 人の本来の道を外してしまう存在。 アタシ達だってそうなんだから大森氏も苦労して当然よ! と思うのって傲慢でしょうか??

2007/12/24 15:59 | 「Rue」@家主 [ 編集 ]


trackback

trackback_url
http://witch8hunt.blog114.fc2.com/tb.php/92-67904005

| TOP |

Twitter=■Rue■からリンク

■ Rue ■ Reload

Profile

年季が入ったRock fanの悪意の無い 「言いたい放題blog」
ファンは何にトキメキ何に感動し、そしてどんな時冷めるのか?
日々感じた音楽観、どーでもいい出来事etc~浮き沈み激しく週刊程度更新中。

「Rue」

Author:「Rue」


★★ご注意★★

このブログに掲載されている人物イラストは写真加工ではありません。

「Rue」又はご懇意にして頂いているイラスト作家様の許可なくお持ち帰りされる事はご遠慮下さい。


Recent Entries

Categories

Comments

Favorite

Archives

Mail 

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。